かわいいだけじゃだめですかどころか、(自分は)「かわいいとだめ」だと信じてきた話

最近自分の中で得心して驚いたのだけれど、

ものごころついて以降ほぼずっと、自分は、「かわいいとだめだ」と信じて生きてきていたようだ。



その出発点は、父方の祖母から

「あんたは器量はよくないし」的なことを言われていたことと、

自分の本名が自分の美意識に対して「かわいくない」部類のいわゆるしわしわネームで、

幼心に「あーーー自分はそういう、かわいいカテゴリーの子じゃないんだな」と察してしまったこと。


だから女児によくある、自分のことを名前で呼ぶのとかも一切やったことないし(そんなんとんでもないと思っていたし、やっている子を見ると住む世界が違うやつだと感じていた)、

自分がかわいいカテゴリーじゃない=親もそうってことになるから、母のことを「ママ」と呼んだことも一度もない。


なのに、父方の祖母からは「トヨ子おばあちゃまと呼びなさい」みたく言われて、「いやあんたもそういうジャンルじゃないんだよ……」と解釈違いに戸惑ったのを覚えている。


けど本当は、自分が「かわいいカテゴリー」の存在だったらよかったのに、といつも思ってはいた。

でも名前もかわいくないしな、と、小学校のクラスの女子全員の名前をノートに書きながら、「この子はかわいい」「こいつはそうでもない」と区分けする嫌な遊びを独りでやっていた。


そんなふうに、「かわいい」に対する認識をこじらせて長じたからか、10代以降はもっと妙な考えになっていく。


自分より、見た目も名前も「かわいい」友だちと会う時は、あえてダサいかっこうで行く。

その子より自分がちょっとでもかわいく思われてはならない、万が一そんなことになったら妬まれるかもしれんし面倒だから、引き立て役になっといたほうが安全かつ無難だ、と考えていた。


また、自分より(非常に失礼な話なのだが)おしゃれに無頓着だったり太っていたりする友だちと会う時も、やっぱりダサいかっこうで行った。

それは、こっちだけおしゃれして行ったら、その子が気の毒だと思ってのことだった。

なんという傲慢な、しかも意味わからん上から目線なんだと今は絶句するが、当時はいつもそう思っていた。


おしゃれして出かけるのは、自分ひとりで、誰も自分の名前も知らない街を歩く時だけ。

それならばいいだろう、と、そんなふうに感じていた。


18歳以降は、とにかく服を買った。

フリースクールの寮で働いていたから、引きこもっていた子などが多く、「自分のほうがおしゃれ」でも問題ないと気づくや、見た目を派手にしてマウントをとるような振る舞いをしていたように思う。

このころは好きな服を着てピアスを開けまくり、髪を自分で切って失敗して金髪のウィッグにしたりなど、いちばん奔放だった気がする(さすが金星の年齢域だ)。



で、ある一定の年齢以降は、そういうもろもろが自然と落ち着いて、

「みんな、好きなかっこすればいいっしょ♪」で済むようになった。

おしゃれとかかわいいとか、そういうことをいちいち気にする年でもなくなってきたし。

「若くてかわいい女の子」はもはや嫉妬を向ける対象ではなく、自分の子どもでもおかしくない存在なのだから。

おばちゃんになるラクさを実感する折も増えた。



しかしそれでも、自分が自分の中で取り去れない拘りがひとつあった。

それが、「名前」。

自分のしわしわネームがあんまし好きになれない感覚は消えず、パートナーが名前を呼んでくれても

「せっかく名呼んでくれても若干テンション下がるなあ、もっとかわいい名前だったらよかったのに」と卑屈に思ってしまう。


(まあ、しわしわネームは印象が堅実なので、公的な活動をする際に「顔につり合わないキラキラネームじゃなくてよかった」と感じることは多いのだけども)


で。

自分は、10代のころから小説を書く時のペンネームとか、

いまみたいな業界で仕事を展開するようになって以降はビジネスネーム的なものをいくつもつけてきた。

でさ、それだったらさ、ペンネームくらい思いきりかわいい名前にすればいいしょ、って思うじゃないですか。そしたら満足するしょ、と。


それが、どうしてもできなかった。

自分の中でなんか名前に対して「ここまではまあいいけどこれは許されん」みたいな厳格な基準があって、その基準内でしかペンネームを選べなかった。


他人に対してなら、どんな名前でも好きに名乗ればいいと思うのに、ここの拘りがめちゃくちゃ強固だった。


湖遊は、(セラピーや不登校支援を始めたころの名義)湖のそばに住む自分が名乗る名として間違ってないという自信と安心感があって使っていたし、

れらは、(西洋占星術をやり出したころの名義)「風」の意味で、自分には足りていない風エレメントを取り入れようという意図+ことだまで決めたため、これも問題なく使えた。


けど「れら」は、当時の自分には乖離が大きく、名乗ることに分不相応な感じが拭えずにやめることにした。

それで、ことだまを見て取り入れたいものともともと持っている素養を活かせる活動名を考えた。


そしたら、「これだ」というものが定まったのだが。

その名は、自分の中では許されん領域のものだった。


こんなかわいい名前、自分が名乗っちゃだめだべ。

みんなにも「あいつ〇〇〇って名乗りだしたんか、顔見てから言えやw」って嗤われるに決まってる。

だいたい見合ってなくて恥ずかしくて名乗れんべ、あーーーーーでも、もしも神に許されるなら(???)これにしたい……!!!


……なんでたかが活動名にこんな七転八倒が要るんだ?? と、そっちのほうがよっぽど呆れられそうだけど、自分は真剣だったのさ。

本当、名前コンプレックスが酷くて、こんなにもザワザワしないと決められやしなかった。


その、名を決めた時のルーズリーフを撮影してある。


これさ、決めて、最初にこの名義での名刺をつくって友だちに見せたら、なんの抵抗もなくいいねー! って肯定されたんだよ。そのことに、ものすごくびっくりして、あっけにとられて、

「なんだ、、、いいの??」

って拍子抜けしたのをすごくおぼえている。


もっと早く、好きな名前自由に名乗りゃよかった。

そしたらもっと早く肯定できてたのに、と思うけど、まーータイミングですね。


余談:四柱推命こそもっと早く知れば捗った


この、「かわいい」絡みのこじらせコンプレックスは、

四柱推命をもっと早く知っていれば早期に解消できていたと思っている。


だってわたし乙(きのと)なんだってばよ。

乙って草花、そこにいるだけで「妬まれちゃうくらいかわいらしい」存在らしい。

これ最初知った時、間違ってるだろとしか思えずいろんな四柱推命サイトで算出し直しまくった。

それでも自分で認められなくて、あるかたの鑑定を受けてそのうえでなお「乙」って断定されて

え、、、

ってなって。


乙だって知ってれば、「かわいい」についてこんなにこじらせなくて済んだのに。

と思うが、晩秋生まれの乙で太陽の熱が足りてなくて水源もこじれてる命式なんで、まーこういう迷走もプロセスでやむなしだったんだけども。


けど本当、あえてダサくしてたころからずっと花柄が大好きだったし、パーソナルカラーもイエベ春でお花みたいな色が肌に合うし、自分を認められて以降年々、若いころよりかわいくなってる……とも思う。


\今年42やで?/

やっと本来の自分の素地を許せるようになった(長かった)。


だからとにかく、まずは自分自身を知ろうわかろう仲よくなろう! って心底思うのです。



みんなの「星の年表」を知ってこれからが煌めく、少人数グループワーク<個別星読みつき>「Nebula hour」来てねー!


自分自身のことがわかって、

これまでのことが得心できて、

仲間とともに「これから」へ飛躍できます。