自分のことややりたいことがわからないという人向けのアプローチをやめた
一応、わたしは以前は
「自分自身のことがよくわからない」
「やりたいことがない・わからない」
という人向けのアプローチもしていた。
ホロスコープというのは、そういう人が自己を知るのにはとてもいいツールだし、わたし自身にしたって、自分のことを知って掘り下げて試行錯誤してきて今がある。
ただそれ以上に、星にまつわることでサービスを提供する場合、↑こういうアプローチがいちばん思いつきやすい。
有効だし、定石の「悩んでいる人の悩みや困りごとを解決するビジネスモデル」にあてはまるし、という安直かつオーソドックスな根拠あってのことだ。
けど、そーいうのはいまアメブロでもSNSでも飽和状態だ。
わたしが「星を愛でる」を始めたころより、めちゃめちゃ増えたなと感じる。
もちろん、
非常に優れているかたも訴求がうまいかたもいるが、「こりゃあ……」となるようなのも多い。よね。
他人のことは置いといて、わたし自身のことをいえば、
元来は「悩みや困りごとを解決するビジネスモデル」はそもそも、得手でない。
自分自身がだいたい、他人に悩みを解決してもらいたいとかわたしのことを教えてほしいなんて思わないたちで、そんな、人の悩みや困ってることを解決してあげようなんざおこがましいという感覚が強い。
あと誤解を恐れずにいえば、悩んでいる状態というのは魂的にいうと、「好きで悩んでいる」状態だ。
それが必要だから悩んどるのに、そのプロセスを他者が介在してかき混ぜちまうのはどうなんだ、とも思う。
だから不登校支援の発信・活動をやってたころだって、
子どもの不登校で悩んでいる親御さんに「不登校は解決も克服もしなくていい」と真正面から言っていた。
ネット上にあふれる(今でもだ)、
「お子さんの不登校を治します」「不登校を解決します」みたいな売り文句を見るとすっこんでろと思う。
で。
このところ思いが深まっているのは、
「自分のことがわからない・やりたいことがわからない人に向けてわたしが何かをはたらきかけるより、やりたいことがある人・【この自分】を活かして生きていきたいと思っている人と進んでいきたい」
ということ。
40代に入り毎日ただでさえあっという間で、やりたいことやらなきゃいけないことがぜんぜん着手できなくても時間ばかり爆速で過ぎ去ってくいま、「わかんなくて……」という人向けに何かを言う余裕はない。
それに、そういうのがそもそも不向きなわたしが首をつっこまずとも、「わかんない」人向けにやさしく、丁寧に、寄り添い導くサービスをやってる人はごまんといる。
わたしはわたしの適性を最大限活かすやりかたで、自分というものを使っていくのが結局いちばん生産的だ。
で、それは個々人によってパーソナリティーはさまざまだけど、みんなそうなはずで。
だからNebula hour(ネビュラアワー)を、「自分にこそできるライトワークを加速させる場」と銘打った。
手垢のついた表現だが「一隅を照らす」という言葉、あるじゃん、あれを、全員が各人各様でやればいいんだよね。
けど1人1人ソロでやってたら、蝋燭1本分の灯り。
ネビュラアワーは志のある人で集い、各々の個性(光)を肯定して、それぞれの
「私はこれをやる・やってく」を知って高めあう。地上に光が満ちる。
会の前後も繋がりあうことで、光が日常に流されず息づきつづけることを互いに護りあう意味もある。
だからわたし自身、とても楽しみ。
ネビュラアワーは「磁場」ながら、これから育てて膨らませていく楽しみがある。
ぜひ、ここまで読んでくださったあなたにも、いらしてほしいです。
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